八盃豆腐
江戸時代後期写
「八盃豆腐」とは、短冊状に切ったお豆腐をだし汁で煮て、大根おろしをかけて食べる簡単な料理の名前です。豆腐料理本『豆腐百珍』にも掲載されている、江戸時代にはポピュラーな献立でしたが、とはいえこの本はお料理の本ではありません。書名からは想像もつきませんが、この本は武士の振る舞いかたを指南する、マニュアル本です。様々な局面において、武士としてどう振る舞ったらよいのかということを、具体的なケーススタディ形式で述べています。
例えばケース1、「喧嘩の場へ行き逢い候節の事」。あなたが武士だったとして、たまたま知人の喧嘩の場面に行き合わせ、刀をすらりと抜くのを目撃しました、さあどうします?本書による答えはこうです。もし一方が親類や、特に親しい友達の場合、脇に控えて見守り、その親類か友人が危うく見えたなら助太刀して相手を討たせてやる。もしも両方とも普通の知人ならば、やはり脇に控えて見守る。そして一方が討たれたら、相手を説得して近所の寺へ連れて行って付き添い、人を遣わして藩へ届け出るべきである、と。
このほか取り上げられるのは、同僚が手討ちにしようとした家来が我が家に逃げ込んできた場合、逆に自分が家来を討ち損じて取り逃がした場合、道中で槍や道具を他家の侍に奪い取られた場合などなど、いずれも難しい局面ばかりです。
さて、書名の「八盃豆腐」ですが、書名の由来はこうです。いわく、武士が同僚と飲むとき、あまり豪華なつまみでは不正を疑われたりやっかまれたりする、さりとてあまりに貧乏くさいのも体裁が悪い。簡素な八盃豆腐で飲むくらいがちょうどよい、と。この「分相応」かげんの象徴が「八盃豆腐」なのです。武士として常に恥じない振る舞いをし、分相応に、目立たず、体面を保ち…と、お侍さんもなかなか大変です。