軍用記
宝暦11年
伊勢貞丈自筆稿本
武士の装束や武具、いくさ場での作法などにつき、7巻にわたり詳細に解説した武家故実書です。筆者は武家故実の第一人者・伊勢貞丈、宝暦11年(1761)年に書かれました。伊勢家は元々室町幕府政所執事をつとめた家柄で、中でも貞丈は中世以来の武家の礼式や制度などに通じており、江戸幕府に重んじられました。貞丈は、泰平の世に生まれた世代の武士たちが「もののふの道にうとくなりゆかんこそかなしけれ」とて、伊勢家に伝わる軍陣の書を編集・出版するのだと、跋文に記しています。この『軍用記』は、すっかりいくさからも遠ざかってしまっていた江戸時代の武士たちに大変重宝されたばかりか、昭和になっても出版され、戦国時代や武家を研究する人にとっては欠かせない資料です。岩瀬文庫が所蔵する本書は、伊勢貞丈その人が書いた、自筆の原稿本です。ところどころに書き込みや訂正のあとまで見られる、貴重なものです。
1巻目は小袖や烏帽子などの装束について、2~4巻は甲冑や太刀などの武具について、5~6巻は軍扇や母衣、旗指物などの陣中道具および陣幕の張り方などについて、それぞれの名称や用途、使用の際の注意点などが図解入りでていねいに解説されています。
圧倒されるのは、首実検についての記述です。7巻目中、一番紙面を割いて詳細に解説されます。敵首は髪を高々と結い直し、化粧を施して鄭重に打ち敷きに据えられます。大将は甲冑に烏帽子の正装で臨み、顔を右にそむけ、左目だけで一瞥するのだそうです。またこの時大将は鯉口を切った状態の刀を持ち、周囲の人も武装するとあります。首を奪い返しに、敵が乱入してくるのに備えるためです。このほか、身分や状況によっての首の取り扱い方や、首の切り方、持ち帰り方、切腹のさせ方などが、事細かに解説されます。江戸時代になって洗練された様式美のような武士道が確立され、武士も官僚的になってゆきますが、本書を見ると、武士とは本来、敵を殺戮する集団であったのだということに改めて気付かされます。